1989年(昭和64年・平成元年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

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1989年(昭和64年・平成元年)の日本新語・流行語大賞です。
1984年から開始され、この年は第6回に当たります。

前年・翌年と、すべての年の流行語についてはこちらをご覧ください。

気になったのは新語部門の金賞「セクシャル・ハラスメント」。
今では普通に使うセクハラですが、この頃から知られるようになったんですね。
あとは特別部門の特別賞「平成」でしょうか。
この年から平成が始まったので順当ですね。


公式サイトの発表はこちら「1989年の日本新語・流行語大賞」です。

1989 新語部門
新語部門 金賞
セクシャル・ハラスメント 相手を不快にさせる性的な言動や行動の事を指す用語で「性的嫌がらせ」と訳されます。
1970年代初めにアメリカで誕生し、日本ではこの年マスコミでよく使われるようになりました。
きっかけになったのは2つの事件といわれ、1つは1986年に起きた「西船橋駅ホーム転落死事件」で、千葉県にある西船橋駅で酒に酔った男性が女性にしつこく絡み、それを回避する際に男性が線路上に転落し電車にひかれ死亡。この事件で女性を支援する団体が「セクシャル・ハラスメント」を使いますが、この当時はまだ広まりませんでした。
2つ目は1989年8月に福岡県の出版社に勤務していた晴野まゆみさんが上司を相手取り民事裁判を起こし、この際の報道では「セクシャル・ハラスメント」が頻繁に使われるようになりました。
なお1つめの判決は女性側の正当防衛が認められ無罪に、2つめも女性側の勝訴となっています。
受賞者は西船橋駅ホーム転落死事件の担当弁護士を担当した河本和子さん。
新語部門 銀賞
Hanako 女性向けの情報雑誌「Hanako」と、その読者「Hanako族」が時代を象徴する女性像として注目されました。
ターゲットとなる読者層は首都圏の27歳女性で「東京近郊の大学を出て、一流会社に勤めて3~5年以上、今すぐ会社を辞めても、海外で3カ月は暮らせる資金があり。キャリアと結婚だけではイヤ」「年2回は海外旅行へ行き、ブランド物を思い切って買うけれども、お得情報にも敏感で貯蓄もする」というもの。
受賞者はマガジンハウス社長の木滑良久さん。
新語部門 銅賞
DODA/デューダ(する) DODA(デューダ)は転職情報誌で、創刊当初からテレビCMを流すなど積極的な宣伝活動で「転職する」ことを「デューダする」と表現されるまでの知名度に。
当時はそれまでの終身雇用や生涯一企業の概念が揺らいでいる時代で、転職する事の抵抗感がなくなってきた背景も手伝っています。
受賞者は当時DODAを発行していた学生援護会の社長 井上美悠紀さん。
新語部門 表現賞
まじめ×ゆかい 大手鉄鋼メーカーの川崎製鉄(現・JFEスチール)が就職活動を行う大学生に掲げたキャッチコピー。
当時は空前の売り手市場で、学生が次々に金融系の企業に流れる事態に。なんとか繋ぎとめようと「まじめ×ゆかい 川鉄」をスローガンに募集したろころ、硬いイメージとされていた同社のイメージもあり大きな反響を呼ぶことに。
受賞者は当時の川崎製鉄社長 八木靖浩さん。
濡れ落葉 定年後に趣味もなく外出のあてもないため、妻が外出する際にはどこにでもくっついて行く夫を比喩した用語。
濡れた落ち葉のように、ほうきにまとわり付きなかなか離れない様子からのネーミング。
常に家にいる夫、そして外出する際も付いて回る、妻から見て邪魔な存在である様を表現しています。
なおこの「濡れ落葉」の前は、同意語として「粗大ゴミ」という表現が流行っていました。
受賞者はシンポジウムで聞いたこの「濡れ落葉」を紹介し広めた評論家の樋口恵子さん。
1989 流行語部門
流行語部門 金賞
オバタリアン/オバタリアン(旋風) 堀田かつひこさんの漫画「オバタリアン」から。アメリカのホラー映画「バタリアン」と「おばさん」を組み合わせたインパクトのあるネーミングが話題に。
その後1990年にはテレビアニメ化もされました。
無神経で図々しく羞恥心のない中年女性を指す用語ですが、完全にネガティブなものでなく面白味を含んだ意味合いで使われました。
社会党の土井たか子さんはこれを愛用していました。
受賞者は漫画家の堀田かつひこさんと土井たか子さんの両名。
流行語部門 銀賞
ケジメ 前年1988年に発覚したリクルート事件では、関係が深いとされる政界の大物が逮捕を回避したり疑惑があるにも関わらず辞職をしないなど、マスコミで頻繁に「ケジメ」という言葉が使われました。
そんな中、テレビ朝日系列で放送されていたニュースステーションでキャスターの久米宏さんが番組内のコーナー「ジャイアンツエイド’89」にて「万が一にもありえないことですが、もし巨人が優勝したら、丸刈りになります。日本一になったら徳光さんの番組に出て万歳をします」と宣言。
その後巨人が優勝したため丸坊主にした上で徳光和夫さんがメインを務める「NNNニュースプラス1」に出演し「読売ジャイアンツ、バンザイ!」と叫び、マスコミではこれを「ケジメ」をつけたと「政治家のケジメ」に絡めて報道して話題になりました。
受賞者は久米宏さん。
流行語部門 銅賞
「24時間タタカエマスカ」 三共(現:第一三共ヘルスケア)の栄養ドリンク「リゲイン」のテレビCMで使われたキャッチフレーズ「24時間戦えますか」から。
出演している俳優の時任三郎さんがサラリーマンに扮し、ビジネスで世界を股にかけて戦う姿を描いています。
CM中では「勇気のしるし」という曲を歌っていて、この曲は後に「牛若丸三郎太」名義で1989年11月22日にシングルを発売しヒット。
受賞者は時任三郎さん。
流行語部門 大衆賞
イカ天 TBSで放送していた深夜のテレビ番組「平成名物TV」内のコーナー「三宅裕司のいかすバンド天国」の略称。
アマチュアバンドが勝ち抜き戦でチャンピオンを決める番組で、「JITTERIN’JINN」(ジッタリン ジン)や「たま」など後にメジャーデビューしたバンドも存在。
受賞者は番組司会の三宅裕司さん。
「こんなん出ましたけど~」 占い師の泉アツノさんが、占いの結果をしゃべりその最後に笑顔で可愛らしく言う言う台詞。
様々なバラエティ番組で引っ張りだこの人気に。
この占いの内容は「白蛇占い」というもので、白蛇が体に乗り移って険しく絞り出したような話し方と声で占いの内容を話し、最後に一転高い声でユーモラスに「こんなん出ましたけど~」と締めくくる流れになっています。
受賞者は泉アツノさん。
1989 特別部門
特別部門 特別賞
『壁』開放 西ドイツ・東ドイツ、冷戦によりドイツを2つに分断していた「ベルリンの壁」が1989年11月10日に崩壊した事から。
冷戦の象徴とされる壁が破壊される様子は世界中で放送されました。
受賞者は当時在日ドイツ民主共和国大使館大使のシュミット・マンフレットさん。
平成 1989年1月8日、元号が昭和から平成に替わりニュースや各メディアで頻繁に見られた事から。
当時内閣官房長官だった小渕恵三さんが、記者会見で平成と書かれた額を掲げた姿がマスコミで多用され後に「平成おじさん」と呼ばれるなども話題になりました。
受賞者は平成になって初めて誕生した石田成之さんで、平成元年1月8日0時0分10秒生まれ。
特別部門 語録賞
NOと言える日本 ソニー創業者の一人で当時同社会長だった盛田昭夫さんと、政治家・作家の石原慎太郎さんの共同執筆『「NO」と言える日本』がベストセラーに。
このタイトルをもじり「NOと言える○○」のような表現がマスコミで使われるなどの影響が見られました。
推測にはなりますが、この本のタイトルが受けた背景として、当時は外交の場ではっきりと断らない(言葉を濁して断る)態度が、日本以外の国の方からするとYesととられるためトラブルになるケースが多々起きていた事などがあるのかもしれません。
本の内容は両氏それぞれの意見が記されており、盛田さんはアメリカ企業の特徴と日本の役割について、石原さんは日本の権利や意見をもっと主張すべきであるとの事が書かれています。
受賞者は石原慎太郎さん。
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