1985年(昭和60年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

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1985年の日本新語・流行語大賞の一覧と、それぞれの用語に解説を付けました。
毎年12月に発表され話題になるこのイベントは前年の1984年に始まりましたので、1985年は第2回目となります。

翌年と、すべての年の流行語についてはこちらをご覧ください。

今でもよく耳にするのは「パフォーマンス」「NTT」「キャバクラ」でしょうか。
「イッキ!イッキ!」は今ではこんな直接的ではないですが、違う言い回しでお酒を飲ませるコールがまだ使われてますね。

公式サイトはこちら「1985年の日本新語・流行語大賞」です。

1985 新語部門
新語部門 金賞
分衆 この年の1月に発売された博報堂生活総合研究所の著書『「分衆」の誕生 ニューピープルをつかむ市場戦略とは』に掲載された考え方で、高度成長期には量的満足を求める「大衆」となり、その後必要不可欠なものが普及しだすと質的満足を求め「分割された大衆」に。そして価値観の多様化や個性化が進み「分衆」が生まれるとの内容。
受賞者は当時、博報堂代表取締役会長で博報堂生活総合研究所社長の近藤道生さん。
新語部門 銀賞
パフォーマンス ダンスや演劇、楽器を演奏したり、行動や振る舞いなどを意味する「パフォーマンス」ですが、現在では当然のように誰もが使う用語ですが、当時もある程度は広まっていましたが今ほど一般的に使われてはいなかったようです。
そんな中、日本社会党(現・社民党)が1985年6月に発表した「日本社会党の新宣言」の草案「日本社会党の新宣言-愛と知と力のパフォーマンス」が公表され、お堅いとされる同党がこの言葉を使った事で話題に。
受賞者は当時日本社会党委員長の石橋政嗣さん。
新語部門 銅賞
NTT この年の4月、公衆電気通信法が電気通信事業法に改正された事により、「日本電信電話公社」が民営化され「NTT」(日本電信電話株式会社)になりました。大きく報道されあっと言う間に日本全国にこの名前が知れ渡ることに。
日本電信電話公社は「電電公社」や「電々公社」と略され、読み方は「でんでんこうしゃ」。NTTは「Nippon Telegraph and Telephone Corporation」の略称です。
受賞者は当時電電公社から引き続きNTTの社長を務めた真藤恒さん。
新語部門 表現賞
キャバクラ 「キャバレー」と「クラブ」を組み合わせた造語「キャバレークラブ」を略した用語。
それまで(1960年代から1970年代頃)まではキャバレーが流行していましたが、ニクソン・ショックや中東で起きた戦争の影響でネオンサインの自粛などがあり停滞。
新しい形態のお店として次第にキャバクラが台等してきました。
なおキャバレー(cabaret)はフランス語で、クラブ(club)は英語です。
受賞者はキャバクラ運営などを行う当時レジャラース社長(現・代表取締役会長)の新冨宏さん。
言語戦略 鈴木孝夫さんの著書「武器としてのことば―茶の間の国際情報学」で提唱されている、国際社会において言葉を武器にする戦略が必要との主張。
他国の言語を学ぶことや、国連の公用語6ヶ国語の中に日本語を加える事の重要性など等が説かれています。
受賞者は著者で当時慶応義塾大学教授(現・名誉教授)の鈴木孝夫さん。
ネバカ ネクラ・ネアカのように「ネ」(根)を使った用語の「ネバカ」は「根っからのバカ」の意味。
当時は女子大生・女子高校生ブームで大人たちからチヤホヤされて舞い上がっている若者達を揶揄した言葉。
受賞者は考案者のエッセイスト・諸井薫さん。
1985 流行語部門
流行語部門 金賞
「イッキ!イッキ!」 コンパや飲み会や居酒屋など、お酒の席でのイッキ飲みを煽る掛け声、今でいう「一気飲みコール」。
この当時よりも前から若者を中心に使われていたようですが、その世代が社会に出て一般的にも見かける光景になったことから。
公式サイトではスーツ姿でイッキ飲みする姿が「若者の幼児化」ともとれると説明されています。
受賞者は慶応義塾大学体育会代表の方達です。理由は同会が最初にこのコールを始めたとの情報から。
流行語部門 銀賞
トラキチ プロ野球の球団・阪神タイガースの熱狂的なファンの事。タイガースの「虎」とキチガイの「キチ」を組み合わせた造語。
当時は掛布選手や真弓選手やバース選手などスター選手が揃っており、21年ぶりのリーグ優勝をもたらしています。
現在ではキチの方はテレビでの放送禁止用語の1つで汚い言葉ですが、この用語に蔑称の意味はありません。
受賞者は1977年にそれまで10を超える阪神タイガース私設応援団を統合し、初代団長だった松林豊さん。
流行語部門 銅賞
角抜き ロッキード事件により逮捕・起訴され自民党を離れた田中角栄さんでしたが、その後も「闇将軍」と呼ばれ、政界に絶大な影響力を持ち続けており「角影内閣」「直角内閣」「田中曽根内閣」などとも言われるほどでした。
しかし2月27日に脳梗塞で倒れ入院したことがきっかけとなり、その影響力は急速に失われてゆくことに。
竹下登さんと金丸信さんによる経世会旗揚げなどもあり、田中角栄さん抜きにして物事が進んでゆく状態を「角抜き」と表現しました。
言葉の由来は沖縄返還の際に使われた用語「72年・核抜き・本土並み」からと思われます。
受賞者は当時日本経済新聞政治部部長の山岸一平さん。
流行語部門 大衆賞
「私はコレで会社をやめました」 タバコ型をした禁煙グッズ「禁煙パイポ」のテレビCMで話題になった台詞。
CMはまず1人目の中年サラリーマン風の方が禁煙パイポを縦に持って『私はこの禁煙パイポでタバコをやめました』と言い、続いて2人目も『私もこのパイポでタバコをやめました』そして3人目ではパイポでなく小指を立てて『私はこれ(小指)で会社を辞めました』とオチを付け、最後に3人で「ぷはー」と言いCMが終了します。
小指は女性を意味していて、会社で女性問題があり会社を辞めるはめになった事を示唆しています。これがサラリーマンに大いに受け流行することに。
なお、小指を立てる人がいない、3人とも禁煙パイポを紹介するバージョンもあります。
受賞者は当時アルマン株式会社(後にマルマン傘下に)の代表取締役・三好重恭さん。
「投げたらアカン」 プロ野球の近鉄バファローズで活躍した300勝投手の鈴木啓示さんが公共広告機構(ACジャパン)での青少年健全育成キャンペーン用CMで語った台詞。人生・人間・学校などを投げ出したらいけないの意味。
関西弁のアクセントや印象に残るフレーズが子供に受け話題に。
鈴木啓示が語るフレーズは次の通り。『わしは雑草や。踏まれて傷だらけになっても当たり前や。けど見てみい、雑草はコンクリートを割ってでも伸びてきよる。中・高生諸君、雑草になろやないか。投げたらあかんのや。一度や二度の失敗で人間投げたらあかんのやで。』
受賞者は鈴木啓示さん。
流行語部門 特別賞
100ドルショッピング 当時内閣総理大臣だった中曽根康弘が「1人100ドルの外国製品を買いましょう」という内容の呼びかけを行ったことで、皮肉も込められて話題になった用語。
急速な経済発展を遂げた日本は、様々な分野でアメリカとの深刻な貿易摩擦が生じるようになったため、輸入制限などの報復措置をチラつかせて日本に圧力をかけたようです。
当時はアメリカの貿易赤字は膨らむばかりだったうえ、日本企業によるアメリカの有名なビルや一等地の購入などもありジャパン バッシングが行われていた背景があります。
受賞者は中曽根康弘さん。
流行語部門 特別語録賞
「愛しているからチラいのよ」 生島治郎さんが1984年に発表した小説「片翼だけの天使」で登場するヒロインの韓国人女性が言ったセリフ。
本はベストセラーとなり二谷英明さんと秋野暢子さん主演で1986年には映画化されます。
離婚歴のある中年小説家がカメラマンの友人に誘われ行ったソープランドで知り合った韓国人ソープ嬢との純愛物語。
受賞者は生島治郎夫妻。
流行語部門 特別功労賞
テレビ番組「ひょうきん族」から発する各種流行語 フジテレビ系列で1981年5月16日から1989年10月14日まで放送されていたお笑い番組「オレたちひょうきん族」。
「タケちゃんマン」「ブラックデビル」「アミダばばあ」「知っとるケ」「ホタテマン」「アダモステ」など数々の人気キャラクターや流行語を生み出し、1982年10月2日の放送では同時間帯で放送されていた(裏番組)国民的人気だった「8時だョ!全員集合」の視聴率を超えるなど、テレビの在り方を変えたと言われるほどの人気に。
受賞者は当時フジテレビジョン編成局第2制作部の横沢彪さん。
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